ラジオ好きならばこの言葉を聞いただけで特別な感情を抱くだろう。
一時三時というのは深夜ラジオにとってゴールデンタイム、各局気合いを入れている時間帯だ。
その中でも特にアツいのがANNとJUNK。
歴史あるニッポン放送の看板・ANNに対抗するために作られたTBSラジオ・JUNK。
ややアーティスト色の強い前者に対して、芸人一辺倒の後者。
この両者の戦いはもう十年を超える。
今となっては、JUNKが伊集院光や爆笑問題を中心に盤石の地位を築き上げ、ANNを大きく引き離している。
ただ一つ、木曜日を除いては。
そう、オールナイトニッポンの木曜日は他者を寄せ付けない絶対王者・ナインティナインが君臨するのだ。
2013年現在、19年の歴史を誇り、ANN史上最長パーソナリティーとして木曜の夜に立ちはだかる。
他の曜日ではANNを圧倒して来たJUNK。
しかしこの木曜日だけはナイナイに苦渋を飲まされて続けて来た。
その歴史をJUNKサイドびいきで紹介しよう。
舞台は十一年前、2002年まで遡る。
TBSラジオは深夜一時台のラジオを再編し、新たに「JUNK」枠を創設。
とはいっても枠に呼び名をつけただけで特に変化はない。
ただ一つ言えるならば、それまでアーティストや文化人ばかりだった死に枠・木曜日に芸人を投入した事だろう。
それまでは木曜のナイナイに太刀打ちする気は無く、別の層を取り込もうとしていたのだが、JUNK創設を機についに本気を出したのだ。
この当時は月曜・伊集院、火曜・爆笑問題、水曜・コサキン、金曜・極楽とんぼというラインナップ。
木曜改革の急先鋒に挙げられたのがご存知、さまぁ〜ず。
関東芸人でナイナイに対抗できそうなのはこの人達しか居なかった。
改名後、再ブレイクを果たし、内Pでその手腕を発揮するなどノリに乗っている時期だった。
悲しいダジャレといった名コーナーが生まれたり、スペシャルウィークにはウッチャンをはじめ、豪華関東芸人祭りを繰り広げたものの、僅か二年で惜しくも終了。
改めてナイナイの強さを実感する事となった。
最終回大竹が「二年じゃなんもできねーよ」と嘆いて居たのが記憶にある。
終了後すぐにナイナイの方にゲストでさまぁ〜ずが呼ばれたのは完全敗北の証だった。
そして、やはり太刀打ちできないと悟ったTBSラジオは迷走する。
オセロ中島をパーソナリティーに迎え、女性層の獲得に走ったのだ。
「オセロ中島の黒真珠婦人」はまさに現在の彼女も相まって黒歴史となった。
2ちゃんでネタにする人間は未だに多いものの、誰もその音源を聴いた事が無いという伝説もある。
もちろん深夜一時に女性層が得られるはずもなく、一年で終了。
その十年後、まさか中島自体も終了するとは誰も思わなかっただろう笑
やっぱり、ナイナイに対抗するのはお笑いだ!ということでJUNKも帯を締め直す。
M−1王者からバラエティー進出などノリに乗っていたアンタッチャブルを起用。
本気で木曜日の奪還を試みた。
「アンタッチャブルのシカゴマンゴ」は職人を全面に押し出し、いかにもな深夜ラジオを繰り広げる。
ツッコミ先行宣言やモテない替え歌といった名コーナーを生み出し、開始から二年経った2006年、ついに聴取率でナイナイに迫るようになった。
もしかしたら行けるかもしれないという雰囲気を初めて感じさせてくれたラジオであった。
そして更に二年後、2008年。
ついに聴取率でシカマンがナイナイを上回る。
JUNK史上初の快挙にTBSは湧いた。
しかし、その次の週のSPweekでは惨敗。
一矢報いたもののまだまだ絶対的な存在であった。
2010年に事件は起こる。
柴田の休養により、ザキヤマピンのラジオを強いられる事となった。
復帰のめどは立っておらず、有田などのゲストをつないで延命を図ったものの、あえなく終了。
現在見られるアンタッチャブル崩壊はココから始まったのである。
ザキヤマが最後に放った「本当の最終回をやりたい」という言葉を今でも信じて待ち続けている。
イチから建て直しを図る事となったJUNK。
この改編でシカマンの他、水曜の雨上がり・べしゃりブリン、金曜の加藤浩次・吠え魂が相次いで終了となった。
十年近く続いたラジオを打ち切り、若返りを図るという意図にはいまでも疑問が残る。
若年層を意識し、水曜には南キャン・山里、金曜にバナナマンを起用した。(バナナは月曜2部からの昇格)
話を戻して、木曜日。
この枠に指名されたのは、アンタッチャブルと同じ人力舎のおぎやはぎであった。
このおぎやはぎ、実は金曜→火曜(2部)→木曜といった具合にのらりくらりとJUNKでは珍しく移動を繰り返している。
元々金曜JUNK就任も、全枠の極楽とんぼが山本の不祥事で終了したため、その代理からだった。
今回の木曜就任もアンタッチャブルの代理といったように不祥事に縁がある。
JUNKの中でも特にメガネびいきに思い入れが強い僕としては嬉しさの半面、不安があった。
「おぎやはぎには木曜は荷が重い」と。
収録だった二部から時間が増え、生放送になったJUNKに帰って来てくれたのは嬉しいけど、ナイナイに勝てず短命に終わるような気がしてならなかった。
しかし、シカマンが打ち切られなければ、メガネびいき打ち切りの可能性もあったため、何とも言えない気持ちになったのを覚えている。
そんなこんなで始まったメガネびいき。
めちゃくちゃ面白いんだけど、数字ではイマイチという感じが続く。
でもそこはおぎやはぎらしくのらりくらりとマイペースな放送を繰り広げた。
そして就任から2年経った2012年・春。
ついにおぎやはぎはナイナイに聴取率で一位を取り返した。
一部リスナーにはちょっとした騒動となった「まどかマギカ」をスペシャルウィークに仕込み、ネットを中心に新たなリスナーを獲得したのが功をなしたのだ。
そのままの勢いで次のスペシャルウィークも善戦し、ついにはナイナイを脅かす程のラジオに成長した。
ついに、その年の11月には最高聴取率で念願のJUNK全時間帯勝利を果たし、ANNに完全勝利を果たした。
苦節十年、ようやくJUNKの野望を達成できたのだ。
こうして長きに渡る木曜戦争はひとまず幕を下ろした。
現在では若干ナイナイリードなものの、善戦を繰り広げている。
これからの双方の発展に期待したい。
特にナイナイよりおぎやはぎ派な僕としてはプロデューサーとなった宮嵜Dの職権乱用でいつまでもおぎやはぎは続けてほしいものである。
あとバナナマンは個人的に降りてもいいような気がする。
マンネリに継ぐマンネリだし、彼らも楽しんでいるようには見えない。
サンドウィッチマン辺りを起用してそろそろ新しい風が欲しい。
ちょっと愚痴が入ったが、これが木曜深夜の決戦の全容である。
こんなアツいストーリーがあったという事を記しておく。
ラジオってやっぱ最高だ。