最近は余りやらないのですが、昔結構嵌ってました。
夜中になると、財布とiphone片手に散歩に繰り出す楽しさ。
ちょうど嵌ってた時期は引っ越してまもなかったので新しい発見ばかりで最高なんですね。
自転車でもいいし徒歩でもいい。
目的も何も決めずにひたすらと進み続ける。
そうすると、街灯以外真っ暗の住宅街や普段の活気とは別次元の商店街にぶち当たる。
日中とは違う姿を見せる街が堪りません。
「この世で独り感」が最高に味わえます。
あの瞬間のために深夜徘徊はあるのです。
しかし、そのうちあまりの孤独感が続くと、心にもダークサイドが襲ってきます。
それはオバケや頭おかしい人に対するものなどさまざまですが、得体の知れない恐怖を凄まじく感じてしまうのです。
そんな時はラジオに逃げましょう。
音楽でもいいのですが、やはり、語りかけてくる声というのは安心感が違います。
特におすすめなのが、文化放送あたりでやってる声優の毒にも薬にもならないラジオですね。
あの信者以外お断りな糞つまらなさがかえって深夜徘徊のときには安心感を生むのです。
この時だけは普段TBSラジオ信者の僕も文化放送信者になってしまいます。
そうしている内に心の闇は晴れていき、ワクワクモードに戻ってきます。
こうなったらこっちのもんです。
発見など深夜徘徊の魅力を存分に楽しめ、一種のトランス状態に入ります。
ゲームのデバックモードの誰もいないステージ的な感じでしょうか。
あの感じが最高に現実で味わえると気持ちいいのです。
自販機でコーヒーを買って、タバコで一服も堪りません。
冒険とかロマンってこういう事だと実感できます。
しかし、ふとした瞬間にダークサイドはまた現れます。
耐えるしかありません。
耐えたらまた深夜ーズハイが待っています。
それを繰り返していく内に、朝焼けが見えて来た時の幸福感ったら無いです。
恐怖と孤独感で疲労困憊のところに朝日が昇る。
希望が感じ取れます。
そうしたら松屋辺りの底辺っぽいチェーン店で食事をしましょう。
しょぼい様な飯屋ってのがポイントです。
なんか気分が報われます。
深夜徘徊ってこの瞬間のためにやってると言っても過言じゃない気持ちになれますよ。
じれったい。
私は反芻が出来る。
今まで人間誰しもが出来るスキルだと思っていたがそうでもないらしい。
友人に話しても全く理解されず、とてもショックをうけた覚えがある。
厳密に言えばゲロではない。
自分の中のゲロは胃酸が混じり、酸味や苦みに溢れている食べモノの逆流という認識である。
しかしこの反芻は、食べたものが咀嚼され、そのまま戻ってくるのである。
胃酸も何も混じりけ無いさっきのディナーがぐっちゃぐちゃでリータンする。
なので、ビジュアルはともかく、なかなか美味しいのが特徴的だ。
特にラーメンやうどんといった汁ものは旨い。
食べて十分くらいしたら反芻タイムが訪れ、一時間ぐらい掛けて十回ぐらい反芻を楽しむ事が出来る。
食事の余韻に浸る間もなく、セカンドディナーが始まるのだ。
正直、この体質はかなり人より得していると思う。
原因は不明だし、正式な病名もなさそうなこの反芻。
別にストレス性のものでもないので困っては居ない。
おそらく、早食いのクセがあるのでよく噛まずに食べているのが要因の一つかもしれない。
もうひとつは特異体質で胃腸と食道の区切りがゆるゆるガバガバなのかも知れない。
ちなみにポテチとか食べた後に反芻すると、ペースト状に加工された見事なジャーマンボールがリターンしてくる。
コレがまた旨すぎるんだよね。
これがしたいがためにポテチ食ってるところもある。
ぜひとも反芻できない方々の為に商品化してほしい。
小学校低学年の頃、おじいさんと一緒に近所の科学館に行った。
実験コーナーやおもしろ現象体験など今でもワクワクするようなイベントが盛りだくさんだった覚えがある。
ひととおり回り終えた後、休憩コーナーで休んでいた。
その隣にはパソコンコーナーがあり、インターネットが無料で使えるとの事だった。
僕はパソコンを学校ぐらいでしかした事が無かったので、興味本位で立ち寄った。
適当にピンボールをしていると、僕の隣に小学六年生ぐらいのお兄さんがやって来た。
TシャツINに白ハイソックス、ださい刈上げにダンロップと役満ナード野郎だったのを強烈に記憶している。
いかにも、ネットに詳しい自分に酔っているような、背伸びしたナード野郎であり、
ネット無知民の僕に対して、コピペの「welcome to underground」的な感じで僕に色々ネットの事を教えてくれたのだ。
今思うと小学校低学年に自己を誇示するのはかなりださい。
その当時はフラッシュ全盛であったため色々なフラッシュ動画を見せられる。
低学年にその面白さが理解できる訳無く、かなり見てはいけないものを見せられている気がした。
その中でも特に印象深いのが「ハゲの歌」である。
ハゲばっか出てくるフラッシュにクラシックのパロディソングをあわせたこの世代の記憶に痛烈に残っているアレである。
やはり、低学年なのでまだ面白さは分かっていなかった。
対照的に大爆笑しながらはしゃぐナード野郎。
まるでコレが分かる奴はセンスがあると言わんばかりのうざいアレである。(全然違うけどラーメンズ的な笑)
「大きくなったらこういうので笑える日がくるんだろうな」と子供心に思ったものである。
それと同時にうんこちんこで爆笑していた僕としては得体の知れない種類の「笑い」に気持ち悪さを感じていた。
なんなんだろうかこの嫌悪感は。
しかもナード野郎はそのフラッシュを大音量にしてスピーカーで流し始めた。
科学館内にこだまするハゲの歌。
反応する子供達に、動揺する大人達。
なんせたちの悪い高学年ナードがそこで1人爆笑しているのだから。
うちのおじいさんも物悲しそうに彼を見つめていた。
そして彼の近くに僕が居た事に気付くと、そこから離れろと言わんばかりの手招き。
何となくそのニュアンスが感じ取れた僕もとっさにおじいさんのもとへ。
そうして帰り道にぼそっと僕にこうつぶやいた。
「あんな悲しい人間にはなるなよ。」
人生の深みみたいなものを初めて感じさせられたコメントであった。
子供心に心打たれたのを覚えている。
振り向くと、ナード野郎は相変わらず得意げにフラッシュを爆音で鳴らしていた。
彼は今何をしているのだろうか。
深夜一時。
ラジオ好きならばこの言葉を聞いただけで特別な感情を抱くだろう。
一時三時というのは深夜ラジオにとってゴールデンタイム、各局気合いを入れている時間帯だ。
その中でも特にアツいのがANNとJUNK。
歴史あるニッポン放送の看板・ANNに対抗するために作られたTBSラジオ・JUNK。
ややアーティスト色の強い前者に対して、芸人一辺倒の後者。
この両者の戦いはもう十年を超える。
今となっては、JUNKが伊集院光や爆笑問題を中心に盤石の地位を築き上げ、ANNを大きく引き離している。
ただ一つ、木曜日を除いては。
そう、オールナイトニッポンの木曜日は他者を寄せ付けない絶対王者・ナインティナインが君臨するのだ。
2013年現在、19年の歴史を誇り、ANN史上最長パーソナリティーとして木曜の夜に立ちはだかる。
他の曜日ではANNを圧倒して来たJUNK。
しかしこの木曜日だけはナイナイに苦渋を飲まされて続けて来た。
その歴史をJUNKサイドびいきで紹介しよう。
舞台は十一年前、2002年まで遡る。
TBSラジオは深夜一時台のラジオを再編し、新たに「JUNK」枠を創設。
とはいっても枠に呼び名をつけただけで特に変化はない。
ただ一つ言えるならば、それまでアーティストや文化人ばかりだった死に枠・木曜日に芸人を投入した事だろう。
それまでは木曜のナイナイに太刀打ちする気は無く、別の層を取り込もうとしていたのだが、JUNK創設を機についに本気を出したのだ。
この当時は月曜・伊集院、火曜・爆笑問題、水曜・コサキン、金曜・極楽とんぼというラインナップ。
木曜改革の急先鋒に挙げられたのがご存知、さまぁ〜ず。
関東芸人でナイナイに対抗できそうなのはこの人達しか居なかった。
改名後、再ブレイクを果たし、内Pでその手腕を発揮するなどノリに乗っている時期だった。
悲しいダジャレといった名コーナーが生まれたり、スペシャルウィークにはウッチャンをはじめ、豪華関東芸人祭りを繰り広げたものの、僅か二年で惜しくも終了。
改めてナイナイの強さを実感する事となった。
最終回大竹が「二年じゃなんもできねーよ」と嘆いて居たのが記憶にある。
終了後すぐにナイナイの方にゲストでさまぁ〜ずが呼ばれたのは完全敗北の証だった。
そして、やはり太刀打ちできないと悟ったTBSラジオは迷走する。
オセロ中島をパーソナリティーに迎え、女性層の獲得に走ったのだ。
「オセロ中島の黒真珠婦人」はまさに現在の彼女も相まって黒歴史となった。
2ちゃんでネタにする人間は未だに多いものの、誰もその音源を聴いた事が無いという伝説もある。
もちろん深夜一時に女性層が得られるはずもなく、一年で終了。
その十年後、まさか中島自体も終了するとは誰も思わなかっただろう笑
やっぱり、ナイナイに対抗するのはお笑いだ!ということでJUNKも帯を締め直す。
M−1王者からバラエティー進出などノリに乗っていたアンタッチャブルを起用。
本気で木曜日の奪還を試みた。
「アンタッチャブルのシカゴマンゴ」は職人を全面に押し出し、いかにもな深夜ラジオを繰り広げる。
ツッコミ先行宣言やモテない替え歌といった名コーナーを生み出し、開始から二年経った2006年、ついに聴取率でナイナイに迫るようになった。
もしかしたら行けるかもしれないという雰囲気を初めて感じさせてくれたラジオであった。
そして更に二年後、2008年。
ついに聴取率でシカマンがナイナイを上回る。
JUNK史上初の快挙にTBSは湧いた。
しかし、その次の週のSPweekでは惨敗。
一矢報いたもののまだまだ絶対的な存在であった。
2010年に事件は起こる。
柴田の休養により、ザキヤマピンのラジオを強いられる事となった。
復帰のめどは立っておらず、有田などのゲストをつないで延命を図ったものの、あえなく終了。
現在見られるアンタッチャブル崩壊はココから始まったのである。
ザキヤマが最後に放った「本当の最終回をやりたい」という言葉を今でも信じて待ち続けている。
イチから建て直しを図る事となったJUNK。
この改編でシカマンの他、水曜の雨上がり・べしゃりブリン、金曜の加藤浩次・吠え魂が相次いで終了となった。
十年近く続いたラジオを打ち切り、若返りを図るという意図にはいまでも疑問が残る。
若年層を意識し、水曜には南キャン・山里、金曜にバナナマンを起用した。(バナナは月曜2部からの昇格)
話を戻して、木曜日。
この枠に指名されたのは、アンタッチャブルと同じ人力舎のおぎやはぎであった。
このおぎやはぎ、実は金曜→火曜(2部)→木曜といった具合にのらりくらりとJUNKでは珍しく移動を繰り返している。
元々金曜JUNK就任も、全枠の極楽とんぼが山本の不祥事で終了したため、その代理からだった。
今回の木曜就任もアンタッチャブルの代理といったように不祥事に縁がある。
JUNKの中でも特にメガネびいきに思い入れが強い僕としては嬉しさの半面、不安があった。
「おぎやはぎには木曜は荷が重い」と。
収録だった二部から時間が増え、生放送になったJUNKに帰って来てくれたのは嬉しいけど、ナイナイに勝てず短命に終わるような気がしてならなかった。
しかし、シカマンが打ち切られなければ、メガネびいき打ち切りの可能性もあったため、何とも言えない気持ちになったのを覚えている。
そんなこんなで始まったメガネびいき。
めちゃくちゃ面白いんだけど、数字ではイマイチという感じが続く。
でもそこはおぎやはぎらしくのらりくらりとマイペースな放送を繰り広げた。
そして就任から2年経った2012年・春。
ついにおぎやはぎはナイナイに聴取率で一位を取り返した。
一部リスナーにはちょっとした騒動となった「まどかマギカ」をスペシャルウィークに仕込み、ネットを中心に新たなリスナーを獲得したのが功をなしたのだ。
そのままの勢いで次のスペシャルウィークも善戦し、ついにはナイナイを脅かす程のラジオに成長した。
ついに、その年の11月には最高聴取率で念願のJUNK全時間帯勝利を果たし、ANNに完全勝利を果たした。
苦節十年、ようやくJUNKの野望を達成できたのだ。
こうして長きに渡る木曜戦争はひとまず幕を下ろした。
現在では若干ナイナイリードなものの、善戦を繰り広げている。
これからの双方の発展に期待したい。
特にナイナイよりおぎやはぎ派な僕としてはプロデューサーとなった宮嵜Dの職権乱用でいつまでもおぎやはぎは続けてほしいものである。
あとバナナマンは個人的に降りてもいいような気がする。
マンネリに継ぐマンネリだし、彼らも楽しんでいるようには見えない。
サンドウィッチマン辺りを起用してそろそろ新しい風が欲しい。
ちょっと愚痴が入ったが、これが木曜深夜の決戦の全容である。
こんなアツいストーリーがあったという事を記しておく。
ラジオってやっぱ最高だ。