東南アジアとか中国韓国のオシャレな若者を見ると切なくなる。
なんか背伸びした感じが堪らない。
欧米への憧れみたいのが見え隠れしてしているのだが、アジア体系に全く似合っていないあの様。
ヨーロピアンには絶対勝てないと思うと悲しくなる。
独自のスタイルを展開すればいいのに模倣に走る切なさ。
資本主義が生んだ悲劇(?)とも言えよう。
とくにタイとかの若者の切なさはヤバい。
言葉にできないけど、一目見れば分かる。
地元で有名なDJの様なタイカルチャーの体現者みたいな人を見た時の諸行無常さ。
あと台湾とかの前髪七三みたいなぴたぴたヘアーでアラレちゃん眼鏡の切なさもいい。
四人グループいたら三人はそれなのが面白いのだ。
日本人も外から見れば大体同じように見えるのだろうか。
非常に興味深いものである。
ついに近所の大学の猫の本拠地を特定できた。
夜の11時ぐらいに行ったら4〜5匹溜まっていてテンションが上がったものの、近くのベンチにいい感じの恋人がイチャついていたので猫との交流は断念笑
空気ぶっ壊してホーミーをやろうかと思ったけどまだそのハートの強さは持ち合わせていませんでした。
日中は人通りも多いし、かといって夜中に行ってもそこそこカップルとか居るのでなかなか猫と心から絡む事が出来ない。
なので時間を置いて夜中の四時頃に再び猫たまりへ突撃。
静寂が訪れた大学。
ひとっこひとりいないその空間はとてつもないエモさがありました。
そして期待をしながら猫ベースへ突入。
信じられない程の猫がいた。
二十匹程の野良猫達がベンチの下に身を寄せ合っていたのだ。
中にはじゃれ合っている奴らや熟睡しているものなど多数。
まさに猫の楽園がココに存在したのである。
とりあえず警戒させないように静かに近づく。
野良猫はなかなか心を開かないため、自分から接近し過ぎたり触りにいっては行けないのは鉄則。
餌やまたたびなど手みやげがあればなお良し。
しかし、手ぶらでの突入だったため、猫達といい距離を保ちながら持久戦に持ち込む。
忍耐こそが野良猫攻略の一歩である。
とりあえず心からの交流を図るため、地面に寝る。
恐らくヒトに見られたら確実に通報か心配されるのだが、そこは深夜四時で無問題。
目線を猫達と合わせ、静かなる交流にテンションが上がる。
そして写真を数枚撮り、満足した後に退散。
夜中の野良猫だまりにマジで感動した。
ココ数日、夜中や明け方になると毎日そこに通っている。
何とか心を開かせて、子分にしたいものである。
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光り過ぎ。 |
深夜徘徊もいいが早朝徘徊もいい。
また違った趣があって堪らない。
深夜徘徊は夜中特有の「この世で独り」感を存分に味わえるが、
早朝徘徊はそれとは違って「コレから動き出す」感が堪らない。
朝の六時ぐらいにそこらへんをぶらぶらすると既に働いているバイトくん、散歩に精を出す老人、ペットを散歩に連れ出す人たち、オールして死にそうになっている大学生、ワンカップ片手に闊歩するロートル、出社前にジョギングを欠かさないエリートっぽいリーマンなど様々な人種に出会える。
一種の人間交差点というか、普段だったら絶対絡まないような人々に出会えるのがとてつもなくエモいのだ。
その人達の人生を想像してセンチな気分になる事間違い無しである。
散歩が終わった後に松屋に行ったら、新聞配達を終えて腹ごしらえをしようとしている青年がいた。
なんか勝手に色々境遇を想像して凄いエモーショナルな気分になった。
両親は幼い頃に居なくなり施設に預けられ、今は新聞配達をしながら定時制に通い、大学入学を目指す、みたいな笑
早朝の松屋で運命的な出会いを果たし、彼の運命は変わっていく事だろう。
それぞれの人生を勝手に妄想して自己満足するのは楽しい。
早朝徘徊はそんな妄想に直結するような訳ありそうな人々に出会える。
そういう短編集みたいなのが欲しい。
まさにエモ。
最も過大評価されている食べ物は蟹だと思う。
まず値段が高過ぎる。
どんな高級な蟹であっても所詮蟹の味でしかない。
不味くはないが旨くもない。
ありがたがって食べる物では無いと個人的に思っている。
あとかにかまなるイミテーションも存在する。
高級な蟹の味を庶民の食卓へをコンセプトとするかまぼこ加工食品。
最近では本物の蟹と味も見た目も遜色ない精巧なものが存在している。
僕にいわせりゃ、蟹より旨い笑
値段的にも蟹の味はコレぐらいがちょうどいいんじゃないかと思っている。
だから蟹って本来はかにかまぐらいのスタンスで食べるものだと思う。
というかあの高さは捕獲コストとか保存コストに掛かるものだろう。
でもそこまでして食べるものなのかも疑問が残る。
ちなみに僕の場合は知り合いのおっさんが余った蟹を良く持って来てくれたので、高級なイメージは余り無い。
学校から帰ってくると玄関に置き手紙とともにでかい発泡スチロールの箱が置いてあり、それを開けると氷の中で蠢く無数の蟹を見た時は得体の知れない恐怖を覚えたものである。
地球外生命体を見かけたら多分同じような感情を抱くに違いない。
恐らく、蟹は本当に地球外生命体なのだろう。
それが今日の蟹人気につながっているという仮説を立てる事が出来る。
侵略して来た宇宙人を食い尽くすという人間の生存本能みたいなのが働いているに違いない。
ヒトには地球外の存在を排除する本能が遺伝子レベルで刻まれているのだろう。
蟹星人を根絶やしにするのが我々の使命なのだ。
だから皆、蟹を食べる時は黙るし、漁師もリスクを犯して必死に捕獲する。
そしてあの殻を必死に割り、中から出てくる労力の割にあわない身を必死にかき出す。
「異物をハカイせよ 」という命令が下されているに違いない。
でも蟹味噌は好きです。